”おのくん”の里親になった
2011年3月11日、私の故郷は、いまだかつてない恐怖にさらされた。
私は、何かしてあげたくてもほとんど何もできず、祈るばかりだった。
ハワイから元気を送りたくて、日本の高校時代の友人の縁で、おらほのラジオ体操をハワイで作成。そして今回も、友人のMちゃんが縁で知りえた、”おのくん” が里親としてハワイにやってきた!!
小野君は人気者で、なかなか里親の競争率が激しいが、やっとハワイにやってきたのだ。
おのくんってなに?
《奥松島生まれの、おのくんストーリー》 おのくんは、宮城県東松島市「小野駅前応急仮設住宅」の人々の、住居であった奥松島の復興を願って生まれたキャラクターです。 それまでのゆったりとした暮らしから一変、被災し、先の見えない状況のなかでも「めんどくしぇ」とつぶやきつつ、日々前向きに、そしてあたらしい未来を自分たちの手で築いていこう、という思いが込められています。 元祖は、埼玉に住む支援者がおしえてくれた約100年ほど昔、米国の炭鉱町に住む裕福とは言えない老夫婦と暮らす孫娘の為におばあさんがクリスマスのプレゼントに、炭鉱で働く夫の靴下から可愛い孫娘のために心をこめて作ったのが「ソックスモンキー」です。現在も世界中で愛されています。そのかわいさにひとめぼれして、小野のおかあさん達も”おのくん”の愛称をつけ(名付親はNHKアナウンサーの小野文恵さん)ひとつひとつ、丁寧にチクチク手縫いしています。
(ホームページより抜粋)
こうやって一つ一つ手作りであるがゆえに、里親の元へ届くには時間がかかる。
愛情がこもって、世界に二つとないおのくんが出来上がる。
きっと仮設住宅のお母さんたちの生きる糧にもなってるであろう、おのくん。
きっと一針一針、刺す時の無心さが、仮設住宅のお母さんたちを救ってきた、おのくん。
以下の分はまりちゃんの私の質問に対する答え。
小野仮設は、おのくんがつなぐご縁で集会所はいつもお客様が来ていてみんな元気だけどー 住人の皆さんは家建てたり他所に引っ越したり、空き家も増えてきました。まだ残ってる人たちは行き場のない方やなかなか決められない方、気の毒です。 仙台の荒浜の人たちが入る仮設住宅は、当初50世帯くらいだったのが今は6世帯、今年度で多くの仮設住宅はガラガラになるんじゃないかしら。仮設に入居続ける人も、仕方なく、または故郷をぜったい離れないという前向きな意思を持ち敢えて引っ越さない人、いろいろですねー。 自信を持って言えるのはー 復興の遅れ、あちこちで明らかです! 国を当てにしないで自力で自治を模索してるところには希望が見えるけど、かなり大変な生活を強いられてると思います。被災地の人たちの生活を知るたびに、人間って強いなーと思ったり、喜怒哀楽いろんな気持ちが湧いてくるよね。
こういう仮設住宅が、東北には、かなりあると聞いている。切なくなる。
遠いハワイからでも、少しでも、協力できたらうれしいね。
おのくん公式ホームページ http://socialimagine.wix.com/onokun

ホームシックになりませんように・・・・・
