心の整理、思い出とともに。


とても個人的な話です。

8月後半は、ハリケーンレーンの影響で、予定が大幅に狂った。

ワイキキでさえ店じまいをしたりして、そして、バスや交通機関や都市の機能もストップしたに等しく、学校もすべて休校だった。そんな時に、母の2回目の危篤、早すぎた死。天気の様子を見ながら金曜日の朝に出発を決めて午後には日本に向けて飛んでいた。

7月にも私は日本へ行っていた。

母が危篤だと知らせを受け、少しでも生きているうちに行かなくっちゃという思いで過ごした日々は、濃かったな。母の介護を(病院に入院)できるだけしてあげて、暑い暑い夏の日本だったから、冷たいタオルで体をふくと、

”気持ちいい~”

と言ってくれた。

火葬に間に合わず、位牌に手を合わせる。これだけ離れていて会えなかったのに、今となっては母がいないことがこんなにも気持ちを乱すとは。あまり予想しない感情に襲われた。

入院をしたまま、帰ってくることができなかった部屋には、父の少しの思い出の品とともに母のものとアルバムを整理した。いや実際には、ほとんど妹が片付けてくれていた。最後に残してくれたのは、たくさんのアルバム。

火事で焼け出された家の中から唯一残ったのがアルバム。すごいね。焼けないんだよね。

その後、アルバムに父の想いを書き足したかのように残された言葉に涙した。それは私が生まれた時の写真がいっぱいのアルバムだ。

父と母の愛情をたくさんもらって育った証しを55年たった今、改めて深く感じて感謝したい。

私も、たくさんの愛情を子供としククイ夫にそそぐことに、迷うことないと思った。

目に見えない愛情はきっとどこにいても通じるものだから。

怪獣君が遠くの大学に行ってそばにいない今、さらにたくさんの愛情を注ぎたいと思った。

若くして、両親ともに亡くなった。

帰る家がない,と思うと、とっても寂しいね、とやはり離れて暮らしている妹と、そんなことを話して日本を後にした。

ハワイに戻ると、さわやかな青い空が戻っていた。


若かりし頃の父と母。私は、長女で、次女と一緒に写ってる。母のお腹には、一番下の妹がようだ。今見てみると、ハワイアンっぽいワンピースを着せられていたことに気づく。



#ククイのブログ #ファミリー

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