• Hawaii Life Journal

体操教室で、30年以上前のお話し

このブログに来てくださる方はご存じだと思いますが、私は、日本の短大を出てから体操の先生を続けています。ハワイに流れ着いたのが21年前ですから、はるかかなた遠くの出来事になります。最近ツイッターで、日本の方のつぶやきに目が留まりました。自閉症の子供たちの行く場所がないというものです。もっと言えば、彼らが水泳を習ったり、体操を習ったりする場所がないというつぶやきでした。






現在、ハワイで体操を教え始めて15年ほどになりますが、自閉症又はADHDなどの子供たちへの対応はアメリカのほうが進んでいると感じています。今まで、そのような症状を持つ子供たちも、多くはありませんが一緒に指導をしてきました。うちのダンススクールは、かなりそういう子供の受け入れには寛大です。


公立学校でも、かなりのバックアップ体制があります。私の子供たちが言っていた小学校では、特殊学級と位置づけで、生徒一人に先生が一人つくようになります。授業によっては、一般の学級で一緒に授業を受けることもあったと記憶しています。もちろん、一緒に卒業もします。子供たちの中で、それを揶揄したり嫌がらせをする子はいなかったです。


親の中には、その子の状態について話をしてくれないこともあるのですが、そういう時は対応がうまくいかなかったりもするので、この子はこういう子です、と言ってくれたほうがずっと指導もしやすいです。



35年前は、日本で体操を教えていました。



体育教室という位置づけだったので、リトミックから器械体操、ボール運動まで幅広く指導をしていました。都内のあちこちにある教室に出向いて教えるので、そこに行けば、一人で指導をしなければいけません。そして今ほど、自閉症についての情報が、世の中に出ていなかったと認識しています。


私自身も、自閉症という言葉は知っていてある程度の認識はあったけど、じゃあ、そのための指導方法は?誰も教えてくれませんでした。




35年前以上、どう対処をしたかというと…記憶をたどってみます。



男の子と女の子一人ずつおそらく自閉症と思われる子供が入会しました。親御さんからは、説明はありませんでした。クラスの人数は、7-8人だったと記憶しています。性格的には、大人しい子でしたが、みんなと一緒に同じことをするということはもちろんできませんでした。無理に何かをさせたりということはできなかったのですが、私の中にも、大きな隔たりやこだわり(病気の子に対するという意味で)がなかったので、手がかかるけど、みんなで盛り上げよう!という作戦で何年か教えました。


鉄棒や跳び箱、マット運動もしました。

少し手もかかるし、すぐに上手になるとかみんなと一緒にできるとかはなかったけれど、その子たちなりに成長を見られたし、ほかの子供たちも頑張れがんばれ!といった感じで応援していくように、クラスの雰囲気を持っていきました。何せすごい昔の話なので間違った記憶かもしれませんが、そんなにひどい印象はないのです。ちょっと変わった子だよ、っていう程度で私にあまりこだわりがなかったのがよかったのかもしれません。今でも、顔を覚えています。今はどうしているのかな~ もういいお年よね~


それから、彼らが話す言葉を100%理解できなかったと思いますが、わかろうとしました。若いからできたのかしらね~ 攻撃的な行動はなかったので、彼らなりにできたことを喜んでいたと、記憶しています。


きっと今の世の中だと、情報もあふれ、自分と違う子を排斥しようとする風潮が強いかもしれません。が、指導者の対応でほかの子供たちも変わるんではないかと思います。



そんな昔、昔の話をツイッターのつぶやきを見て思い出しました。



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